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東京地方裁判所 昭和32年(刑わ)463号 判決

被告人 西口秀雄 外一名

主文

被告人西口秀雄を懲役四月に処する。

被告人久保節子を罰金三万円に処し、若し完納しないときは一日三百円の割合で換算した期間労役場に留置する訴訟費用は被告人等の平等負担とする

理由

被告人等は内縁関係にあり、昭和三十年九月頃より東京都港区芝公園十四号地の五にて緑旅館を、同三十二年六月二十日頃より同都中央区銀座五丁目五番地にてキヤバレー「クラブ・ドム」を経営していたものであるが、緑旅館は所謂連込旅館である為客が売春婦を求めることあり、クラブ・ドムの客には女色を好むものもあり、他面被告人等は以前売春宿をしていた為売春婦間に顏を知られて居るところより、売春婦を住込ませ若くは通わせ、被告人等に於いて客を求めて該婦女子をして売春せしめ、その報酬の一部を得んことを共謀し、

一、昭和三十一年十月中旬頃A女との間に、被告人等方にて客待をなし或は同人等の呼出に応じ何時でも被告人等の居宅に赴き、同人等の選んだ客と性交し、その報酬として得たる金員を一定の割合にて分配することを約し、爾来同三十二年六月十日頃までの間同人をして右約旨に従い渋谷区羽沢町四四番地なる被告人方で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

二、同三十一年十二月十九日頃女中代りとして住込んでいたB女との間に前同様売春をなさすべく約し、爾来同三十二年四月初頃までの間同人をして右約旨に従い右被告人方及び緑旅館で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

三、同三十二年二月十日頃C女との間に(一)と同様売春をなさすべく約し、爾来同年六月十七日頃までの間同人をして右約旨に従い右被告人方で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

四、同三十二年四月七、八日頃D女との間に(一)と同様売春をなさすべく約し、爾来同年八月三十日頃までの間同人をして右約旨に従い右被告人方及び緑旅館等で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

五、同三十二年六月三十日頃前記クラブ・ドムの女給をしていたE女との間に(一)と同様売春をなさすべく約し、爾来同年九月二十五日頃までの間同人をして右約旨に従い右被告人方及び緑旅館等で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

六、同三十二年八月十七日頃前記クラブ・ドムの女給をしていたF女との間に(一)と同様売春をなさすべく約し、爾来同年九月二十五日頃までの間同人をして右約旨に従い右緑旅館等で不特定人と報酬を受けて性交せしめ

以つて、売春をさせる目的で女子を自己の管理下においたものである。

(証拠標目)(略)

弁護人は被告人等は判示の女子に前借金を与えず、又同人等に売春を強制したものでないから、東京都売春等取締条例第三条所定の場所を提供する行為であると主張する。右条例第四条に「売春をさせる目的で女子を自己の管理下におき」とあるのは、女子をして被告人等の意に従い継続して不特定人と何時でも売春をなすべく余儀なくされている関係であつて、その形態は社会情勢の変遷に従つて移り変るものである。所謂籠の中の鳥の如くすべての自由を奪われたるものあり、河上の鵜の如く管理者の目という紐によつて操られるものあり、駆使される猟犬の如く完全なる自由の如く見えて実は習性という見えざる絆により支配されて居るものもあるのであるから、常に前借金を与えることや居住等について女子の自由を束縛することを管理の要件となすべきではない。蓋し同条は女子を専ら自己の支配下において売春行為をなさしめこれを寄食する徒を処罰せんとするものであるからである、これを本件について見るに、被告人等は判示女子との間に前記認定の如き約定をなしたが、該女子等は生活上已むなく売春をなすため専ら被告人等に依存し、その指示に従うものであり、爾来被告人等は自ら客を選び、性交の条件、場所等を取決め、判示女子を呼上げ又は指名し、該女子は特段の事情のない限り、その指示に従つて売春をなしていたものであるから、同条例に所謂女子をその管理下においたものというべきである。

被告人等は売春をなすことを以つて必要悪で已むを得ないものであると主張する。右条例第一条には「この条例において売春とは報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう)と規定されている。性交とは両性の結合行為であるが、その相手が不特定であり、それが報酬を受くる約束の下に行われる場合のみ処罰の対象となされるのは如何というに、由来性欲は人間が動物として種族保存の為に具有するところの本能であり、これは種族保存に奉仕することを以つてその使命としていたのであつて、この点に於いて、人間も他の動物と何等選ぶところはないのであるが、人間には性周期のないことからして本能的欲求は社会的制約を受くることとなるのである。然るところ、人間は他の動物と異り文化的社会生活を営むのであるが、これは男女の正常な結合を以つて単位となし、その集合によつて完成せられるのであつて、右結合は愛情による性生活を営むことによりその全きを得べく、種族保存にのみ奉仕していた性欲は愛情に裏付せられることによつて新に近代的使命を帯ぶることとなつたのである。然るに人間は性行為による性感を、これらのことと分離せしめ、それ自体を享楽の具となし、他の動物の行わない挑発的享楽的性行為を行うに至つたのである。即ち前者は愛情の萠としての欲求であるのに対し、後者は享楽としての欲求であり、これを色欲又は劣情というのである。かかる劣情は只管享楽を追うが為に奔放となつて止むことを知らず、理性によるもこれを制御し難い状態となる危険性を内包して居ると共に、その対象を選ばずして自他共に享楽の具と観じ、人格を忘失するに至るのである。かくの如き色欲的欲求を満足せしむべく、これが相手となることは、自らの欲求に発せざる没人的行為であると共に、色欲の挑発的助長的行為であつて、愛情を伴わざる性的欲求を人間も動物として已むなしとしても、右の行為は人間社会より排斥せらるべきものである。何となれば、性を玩弄し或は自らを性具となすことは動物的本能とは無縁だからである。而して報酬を受くるが為に性交をなすことは自らの性的欲求を無視したものであり、不特定人と性交をなすことは自らを性戯の用具となすものであつて、色欲を満さしむる為にのみなすことの最も典型的なものであるから、同条例はこれを「売春」とし、売春をなしたものとその相手となつたものとを等しく処罰すべく規定したものである。かかる行為が許されないのは性は本能に発するが故に性具的行為は極めて残酷であり、人格の尊厳に惇るが為であり、単にその社会の性風俗を乱すところの「乱れたる性交」とはその本質を異にするのである。されば奴隷的労働が人道上許されないと同様に売春は女子が生活手段として已むなしとなしても人道上許し難いところである。

被告人等の所為は東京都売春等取締条例第四条、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条第四五条前段に該当する。依つてその量刑について按ずるに、被告人等は本件行為は客の要求に応じ已むなくなしたものであると弁疏するが、被告人等が客に対し挑発的な、申込の誘因的な行為をなしていたことは前掲証拠に徴し明らかであり、又被告人等は売春を経験していた女子が生活の為に頼つて来たのでその者等を更生せしめる為に暫定的になしたものであると弁疏するが前記女子のC、Dは自ら求めて売春行為をなしたものであるが、その他の者は被告人等の勧誘に因るものであり、いづれもその報酬の約半額を被告人等が取得していたことも認められるから、被告人等の本件行為は自らの利益の為に敢えて女子をして性具的行為をなさしめたものと認むべきである。而して被告人西口秀雄は(一)昭和三十年七月二十八日東京簡易裁判所に於いて右条例違反罪により罰金二万円に(二)同三十一年三月五日同裁判所に於いて同罪により罰金三万円に処せられ乍ら、更に同種行為を敢行したものであるから所定刑中懲役刑を選択し、刑法第四七条第一〇条を適用し、犯情の重いCを管理下においた罪の刑に併合罪の加重をなした上同人を懲役四月に処すべく、被告人久保節子は内縁の妻として相被告人西口秀雄を援助すべき立場にあつたこと等に徴し所定刑中罰金刑を選択し、刑法第四八条に従い合算額内に於いて罰金三万円に処し右罰金を完納しないときは刑法第一八条により一日三百円の割合で換算したる期間被告人を労役場に留置すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条一項に則り被告人等の平等負担とすべきものとする。

仍て主文の通り判決する。

(判事 津田正良)

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